◎上野国の東歌・防人歌
Ａ東歌・上野国相聞歌
- 日の暮に碓氷の山を越ゆる日は夫なのが袖もさやに振らしつ(14-3402)
- 吾が恋は現在も愛し草枕多胡の入野の将来も愛しも(14-3403)
- 上毛野安蘇の真麻群かき抱き寝れど飽かぬを何どか吾がせむ(14-3404)
- 上毛野乎度の多杼里が川路にも児らは逢はなも一人のみして(14-3405)
或る本の歌に曰はく、上毛野小野の多杼里が安波路にも夫なは逢はなも見る人なしに- 上毛野佐野の茎立折りはやし吾は待たむゑ今年来ずとも(14-3406)
- 上毛野真桑島門に朝日さしまぎらはしもなありつつ見れば(14-3407)
- 新田山嶺には着かなな吾によそり間なる児らしあやに愛しも(14-3408)
- 伊香保ろに天雲い継ぎかぬまづく人とおたはふいざ寝しめとら(14-3409)
- 伊香保ろの岨の榛原ねもころに将来をな兼ねそ現在し善かば(14-3410)
- 多胡の嶺に寄綱延へて寄すれどもあにくやしづしその顔よきに(14-3411)
- 上毛野久路保の嶺ろの葛葉がた愛しけ児らにいや離り来も(14-3412)
- 利根川の川瀬も知らずただ渡り波にあふのす逢へる君かも(14-3413)
- 伊香保ろの八尺の堰塞に立つ虹の顕ろまでもさ寝をさ寝てば(14-3414)
- 上毛野伊香保の沼に植ゑ小水葱かく恋ひむとや種求めけむ(14-3415)
- 上毛野可保夜が沼のいはゐ蔓引かばぬれつつ吾をな絶えそね(14-3416)
- 上毛野伊奈良の沼の大藺草外に見しよは今こそ勝れ 柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ(14-3417)
- 上毛野佐野田の苗の占苗に事は定めつ今はいかにせも(14-3418)
- 伊香保せよ奈可中次下思ひとろ隈こそしつと忘れせなふも(14-3419)
- 上毛野佐野の舟橋取り放し親は離くれど吾は離るがへ(14-3420)
- 伊香保嶺に雷な鳴りそね吾が上には故は無けども児らによりてそ(14-3421)
- 伊香保風吹く日吹かぬ日ありといへど吾が恋のみし時無かりけり(14-3422)
- 上毛野伊香保の嶺ろに降ろ雪の行き過ぎかてぬ妹が家のあたり(14-3423)
Ｂ東歌・上野国譬喩歌
- 上毛野安蘇山葛野を広み延ひにしものを何か絶えせむ(14-3434)
- 伊香保ろの岨の榛原吾が衣に着きよらしもよ一重と思へば(14-3435)
- 白遠ふ小新田山の守る山の末枯れせなな常葉にもがも(14-3436)
Ｃ東歌・未勘国相聞歌(上野国のものである可能性が高い歌)
- 子持山若鶏冠木の黄葉つまで寝もと吾は思ふ汝は何どか思ふ(14-3494)
- 伊波保ろの岨の若松限とや君が来まさぬ心もとなくも(14-3495)
- 左和多里の手児にい行き逢ひ赤駒が足掻を速み言問はず来ぬ(14-3540)
- 真金吹く丹生の真朱の色に出て言はなくのみそ吾が恋ふらくは(14-3560)
Ｄ上野国の防人歌
- 難波道を行きて来までと吾妹子が着けし紐が緒絶えにけるかも(20-4404)
右の一首は、助丁上毛野牛甘のなり。- わが妹子がしぬひにせよと着けし紐糸になるとも吾は解かじとよ(20-4405)
右の一首は、朝倉益人のなり。- わが家ろに行かも人もが草枕旅は苦しと告げ遣らまくも(20-4406)
右の一首は、大伴部節麻呂のなり。- ひな曇り碓日の坂を越えしだに妹が恋しく忘らえぬかも(20-4407)
右の一首は、他田部子磐前のなり。
二月二十三日に、上野国の防人部領使大目正六位下上毛野君駿河が進れる歌の数は十二首なり。但し拙劣なる歌のみは取り載せず。
◎参考史料
- 日本武尊の曰はく、「蝦夷の凶しき首、咸に其の辜に伏ひぬ。唯信濃国・越国のみ、頗未だ化に従はず」とのたまふ。則ち甲斐より北、武蔵・上野を転歴りて、西碓日坂に逮ります。時に日本武尊、毎に弟橘媛を顧びたまふ情有します。故、碓日嶺に登りて、東南を望りて三たび歎きて曰はく、「吾嬬はや」とのたまふ。故因りて山の東の諸国を号けて、吾嬬国と曰ふ。（日本書紀 景行４０年是歳）
- 悉荒ぶる蝦夷等を言向け、亦、山河の荒ぶる神等を平和して、還り上り幸す時、足柄の坂本に到り、御粮食す処に、其の坂の神白き鹿に化りて来立ちぬ。尓して、即ち其の咋ひ遺したまへる蒜の片端以ちて待ち打ちたまへば、其の目に中りて乃ち打ち殺したまひき。故、其の坂に登り立ち、三たび歎かして、「あづまはや」と詔云らしき。故、其の国を号けて阿豆麻と謂ふ。（古事記 中・景行）
- ……上毛野国の緑野屯倉、……を置く。（日本書紀 安閑２・５・９）
- 上野国甘良郡の織裳・韓級・矢田・大家、緑野郡の武美、片岡郡の山等の六郷を割きて、別に多胡郡を置く。（続日本紀 和銅４・３・６）
- 上野国碓氷郡の人外従七位上石上部君諸弟、……ら、各当国の国分寺に知識の物を献る。並に外従五位下を授く。（続日本紀 天平勝宝元・５・１５）
- 上野国甘楽郡の人中衛物部蜷淵ら五人に姓を物部公と賜ふ。（続日本紀 天平神護元・１１・１）
- 上野国甘楽郡の人外大初位下礒部牛麻呂ら四人に姓を物部公と賜ふ。（続日本紀 天平神護２・５・２０）
- 左京の人正六位上上毛野坂本公男島、上野国碓氷郡の人外従八位下上毛野坂本公黒益に姓を上毛野坂本朝臣と賜ふ。同じき国佐位郡の人外従五位上桧前君老刀自には上野佐位朝臣。（続日本紀 神護景雲元・３・６）
- 太政官奏すらく、「武蔵国は山道に属ると雖も、兼ねて海道を承けたり。公使繁多くして祗供堪へ難し。その東山の駅路は上野国新田駅より下野国足利駅に達る。此れ便道なり。而るに枉りて上野国邑楽郡より五箇駅を経て武蔵国に到り、事畢りて去る日に、また同じき道を取りて下野国に向ふ。今東海道は、相模国夷参駅より下総国に達るまで、その間四駅にして往還便ち近し。而して此を去り彼に就くこと、損害極めて多し。臣ら商量するに、東山道を改めて東海道に属らば、公私所を得て、人馬息ふこと有らむ」とまうす。奏するに可としたまふ。（続日本紀 宝亀２・１０・２７）
- 上野国緑野郡に災ありて、正倉八間、穀と穎と卅三万四千餘束を焼く。（続日本紀 宝亀４・６・８）
- 上野国緑野郡小野郷戸主物部鳥麻呂戸中男作物……（平城宮木簡）